『オペラ座の怪人』 2017横浜公演 観劇感想 -その3-

思った以上に長くなったオペラ座感想(ネタバレあり)。
適切な画像もなくなったので、

わかりやすいようにまた同じオペラ座広告の写真をアイキャッチにしておきます(笑)

ここからやっと二幕が始まるわけですがその前に。。

一幕でちょっと触れた、この作品におけるクリスティーヌの「理性」と「感情」の対立についてちょっと書きたいと思います。

実は私、学生時代にゲーテの『ファウスト』とミュージカル『CATS』の関連についてあれこれ考察した卒論を書いているのですが、

もしもうひとつ卒論を書かせてもらえるなら次はこのテーマがいいなあと思うのが、
ニーチェの『悲劇の誕生』で説かれている「アポロン的なものとディオニソス的なものの対比」から見るミュージカル『オペラ座の怪人』、
という、これまたマニアックなテーマ(笑)

ニーチェの「アポロン的なものとディオニソス的なものの対比」については、
学生時代に三島由紀夫の『金閣寺』を読み解きながら勉強させてもらったのですが、
かなりむかしのことなのでけっこううろ覚えです。。

でも当時、学科の友人と「オペラ座はアポロン的なものとディオニソス的なものの対比だよね」と盛り上がったことを思い出し、
今回はその視点でオペラ座を観てみよう、と決めていました。

では、「アポロン的なもの」と「ディオニソス的なもの」とは一体何なのか。

そもそも、アポロンもディオニソスも、ギリシア神話に出てくる神の名前です。
この2人はとても対照的で、

◆アポロン(太陽、予告の神)
→アポロン的…理性・合理性・客観性等を志向するもの

◆ディオニソス(ブドウ酒、酩酊、豊穣、芸術の神。ローマ神話では「バッカス」と呼ばれることも)
→ディオニソス的…陶酔・熱狂性・刹那性・芸術性を志向するもの

と解釈されています。

アポロン的なものの特性は「美や秩序、自己抑制」である一方、
ディオニソス的なものの特性は「陶酔や狂気」。

これを『オペラ座の怪人』に照らし合わせてみた時、
ぴんと来る方も多いのではないかと思いますが、

私は『オペラ座の怪人』は、
「アポロン的なもの(ラウル)とディオニソス的なもの(ファントム)の間で揺れ動く人間(クリスティーヌ)の心理」を主題とした物語なのではないか、と思っています。

それを更にわかりやすく言うと、
クリスティーヌの「理性(客観的に考えればラウルを選ぶべき)」と「感情(ファントムに心底陶酔している)」の対立、
というテーマになるかと思います。

(ニーチェについても勉強不足も甚だしいですが、あくまでも個人的解釈)

この個人的解釈を念頭に置いてこの舞台を観てみた時、
今まで自分の中でここはどうなんだろう…と疑問に思っていた点が解消された部分もあったので、
この考えをもとにあらためて第二幕を見ていきます。

<ACT.2>

★アントラクト

美しいオペラ座メドレー(´v`*)
メドレーにして聞くと、あらためてオペラ座全曲の素晴らしい統一感に気づかされます。

音楽のことは全然わからないので何の説明もできないのですが、
きっと詳しい方から見たらこの音階がどうこうで素晴らしいとか、
いろいろ解釈できるんだろうなと思います(笑)

★マスカレード

横浜公演からオケの出だしのタイミングがちょっと変わったらしく、
一瞬曲が流れないかと思ってひやっとした(笑)

出てくる人数的にも、オペラ座最大のビッグナンバーかなと。

このくらいのビッグナンバーは一幕最後にあることも多いけど、
それを敢えての二幕始めに、というのも良いなあ。
巨大な螺旋階段のセットもほんと素敵です。

どうでもいいのですが、
このシーンのクリスティーヌのドレス、個人的にはあまり気に入らず。。(笑)
ピンクのドレスに水色のブーツというのがたぶん納得いかないのだと思う(笑)
メグはあんなに黒でまとめてスタイリッシュなのになあ、と思ってしまった。。
ラウルの衣装はとても好き(´v`*)(笑)

このシーンに出てくる、地下室の猿のオルゴールを明らかに意図しているであろう猿の仮装をしている人がむかしから気になっています。
クリスティーヌから仮面を奪ったり、
クリスティーヌとラウルの内緒話に聞き耳を立てたり。

ファントムの手下的な感じなのかなあと思いもするけど、
一応ファントムが現れた時は悲鳴を上げて逃げているので、
そこまで深い意味はないものの、やはりオルゴールの猿をモチーフとした人物なのかなと。

ここでクリスティーヌがラウルに、「私たちが婚約したことは誰にも言わないで」と言うのですが、
むかしは「ファントムに知られるとラウルに危険が及ぶかもしれないから」という意図もあるのかと思ってたけど、
だったら「なぜ隠すのか」とラウルに言われた時、「聞かないで」とは答えないよね。

「聞かないで」に加えて、「いつかわかる日が来るわ」という非常に意味深なクリスティーヌの言葉。

やっぱりここは、ラウルの身を気遣うという意味ではなくて、
「自分がラウルと婚約したことをファントムに知られたくない」のだと思います。

更に言うと、知られることでファントムを傷つけたくないという気持ちもあったかもしれないけど、
やっぱりここまでラウルに説明できないことを考えると、
「クリスティーヌが本当に愛しているのはファントムだから」という理由だったのではないかなと、
今回あらためて思いました。

クリスティーヌの言う「いつかわかる」の「いつか」って一体いつ?と思った時に、
私の中で浮かんでくるのは、一幕冒頭のオークションのシーンの年老いたラウルなのです。

あのラウルは確実に、この時クリスティーヌが言わなかったことの意味に気づいていると思うので、
クリスティーヌと結婚して暮らすうちに、ラウルは真実を徐々に感じ取っていったのだろうと。

そう考えるとラウルって非常にかわいそうな人物なんだけど、、
いかんせん自分がファントム派なためか「でも仕方ないよな」と思ってしまいます(笑)

曲に戻りますが、
マスカレードラストでファントムが現れて、クリスティーヌがペンダントにしている婚約指輪を引きちぎるのも印象的だよね。

「他人に言わないで」と言いつつ、
そんなとこに指輪つけてればそりゃファントムにもバレるわ、と思いますが(笑)

この時の指輪、
どうやら四季版だと後にファントムがクリスティーヌにはめる指輪と同じもののようです。
ラウルとクリスティーヌへのあてつけでもあったのかな。

海外版だと、ファントムはもともと小指に指輪をはめていて、
その指輪をクリスティーヌにはめるのだとか。

ラウルのあげた指輪をまた使うのってどうなの、とも思うんだけど、
この後の展開を考えると、「一度はクリスティーヌのものになった指輪」である方がたしかにしっくり来て良いなあとも思ったので、
また後々語りたいと思います。

★支配人のオフィス

横浜公演から変わったシーン、いろいろとあるようなのですが、
このシーンのラストのラウル「こうなったら闘うぞ!」のところも曲が(?)ちょっと変わったらしく、
ラウルの台詞がなかなか出てこないので無駄にひやっとしました(笑)

CDに慣れちゃうと、ちょっとタイミング違ったりすると「あれ?」って思っちゃうので慣れすぎもよくないなあとは思うのですが、でも聴きたいし仕方ないよね(笑)

この後の「ドン・ファンの勝利」稽古シーンもミステリアスで好き。
「高いツケを払ったお嬢さん」という歌詞に、ファントムの並々ならぬ怒りが感じ取れます。

ちょっと全然シーンが進まないのですが(笑)、
また長くなっちゃったので一度切ります。

まったく計画性がなくてすみません。。。(笑)

Liebe Grüße,
Natsuru

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