「やばい」と言う心理

高校生くらいのとき、友達と何気なく話したことがある。

「私たちっていくつになるまで「超」とか言い続けるんだろうね~」と。

当時、大人になったら人は「超」とか女子高生みたいな言葉は使わないものだと思っていたし(実際、私の親も使っていないし)、

そのうち自然と言葉づかいが変わる日も来るんじゃないのかな、と。

そのときはそんなふうに話したような気がします。

しかしながら、それから数年経ちまして…。

やっぱり多感な時期に使っていた言葉というのは、なかなか抜けないものですね。

少なくとも、意識しないと抜けないと思う。

まあ「超」とかはまだしも、「やばい」とかはそろそろ卒業したいなーと思うのですが。

本当にピンチに陥った時の「やばい」ならまだしも、プラスの出来事に「すごい」と言う代わりに使ったり、

たいしてピンチでもない時に「やばい」って言うのは使い方も間違ってるし。

だけどそもそも、どうして日本語として正しくないとわかっている時に

「やばい」という言葉を使ってしまうのかと言うと。

これは私だけかもしれませんが、

ものすごく楽しいことや嬉しいことが起こった時に、
友達とはしゃぎながら「えーやばい!」とか言ってるとなんだか楽しいんです(笑)

テンションが更に上がると言うか。

一方で、本当にピンチの時はさておき、

ちょっとしたピンチの時に「それやばいねー」とか言っていると、事がそんなに重要ではないというか、

たいして気にしなくても良いことのように思えてきて、気分が軽くなったりします。

「やばい」という言葉には、独特の軽快さが含まれているように感じるのです。

まあたぶん、そう思っているのは私だけでしょう(笑)

こんなことを考えながら、そもそも「やばい」ってどういう意味だろうと思って辞書を見てみたら、

「やば」という言葉に「不都合なこと、けしからぬこと」という意味がありました。

例文として古典的な文章も。→「おどれら、やばなこと働きくさるな」

「やばい」というのは意外と歴史の古い形容詞のようです。

とは言え、この例文を見るかぎり、やっぱり品のある言葉ではないんだろうなー。

と思って更に見てみると、「もともとは盗人や香具師などの隠語」とも。

うーむ…。

まあ何はともあれ、私自身はこういった言葉を少しずつ卒業していきたいなと思います。

でも、使うことで誰かを傷つけたり不快にするような言葉でなければ、

TPOに合わせて使いこなせたらそれはそれでいいのかもなあ。

日本語って難しいですね。

などと言って茶を濁しながら、このよくわからない話題を終了させたいと思います(笑)

Liebe Grüße,

Natsuru

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