カズオ・イシグロ 『日の名残り』 感想

基本的に常に本を読みながら過ごしたいと思ってはいるのですが、
何年かに一度来る自分の中の「読書ブーム」(この期間中、本を手に持たずにはどこへも行けなくなる)が去って以来、
またほぼまったく本を手に取らない日が続いてしまっていました。。

何か読みたい!と思っても、最近はむかしみたいに本のジャケ買いをあまりしなくなったので、何を読んだら良いかわからなかったんですよね。。

が、先日ノーベル文学賞を受賞されたカズオ・イシグロさんの本が本屋さんにたくさん平積みされているのを見かけて、
あ、ちょうど良い機会だし読んでみようかなあ…と、ちょっと久々に小説を買いました。

カズオ・イシグロさんの本、と言ってもたくさん出版されているので、買う前にネットで他の人のレビューをちょっと調べてから最初に読む本を決めました。

ネタバレは嫌だけど他の人のレビュー読むの好きなのです(笑)

そうして最初の一冊に決めたのは、『日の名残り』という1950年代のイギリスを舞台にした小説。

しかしながら「『日の名残り』を買う!」と決めた後、地元の本屋に行ってみると『日の名残り』はなかなか置いておらず。。

5件目でようやく見つけました。

書店によっては、カズオ・イシグロさんの本はほぼすべて在庫なし、というところもありました。。あるところにはけっこうたくさんあるのだけども。

当たり前ですが、ノーベル賞の影響力はやっぱり絶大のようです。

そして読んだ『日の名残り』。

主人公が何年も前のことを振り返りながら旅をする、ノスタルジーに満ちた作品でした。

一度に多くのことが語られないせいか、なんとなくミステリアスな雰囲気もあり、

個人的にはどこか推理小説に通ずるような緊張感もある気がしました。

高く評価されている土屋政雄さんの訳もやはり素晴らしく、

翻訳本にありがちな不自然な日本語というものはなく、すらすらと流れるように読むことができました。

終始、主人公の語りで紡がれていく物語ですが、主人公の丁寧な口調から、彼の生き様や心情を存分に感じ取ることができたように思います。

以下、あらすじや感想などをざっくり書いてみたいと思います。

感想の方には若干のネタバレも含みますので、ご注意ください。

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あらすじ

主人公はダーリントン・ホールという屋敷で長年執事を務めているスティーブンス。

かつてダーリントン卿のもとで大勢の召使をまとめながら働いていたスティーブンスですが、

ダーリントン卿亡き後、屋敷を購入したアメリカ人、ファラディ氏の下で働いています。

ある日、数週間アメリカへ帰ることになったファラディから旅行休暇を取る提案をされ、

1週間ほど車でイギリスを旅することを決めたスティーブンス。

彼の胸の内にあったのは、20年前までダーリントン卿の下で共に働いていた女中頭、ミス・ケントンと再会できるかもしれない、という考えでした。

結婚して屋敷を去ったミス・ケントンは、今になってダーリントン・ホールへ戻りたいと感じているのではないか。

ミス・ケントンからの手紙を読み、そんな思いをめぐらせて旅をする中で、スティーブンスの脳裡には過ぎ去りし日の思い出が次々とよみがえってきます。

執事のあるべき姿を示してくれた父のこと、忙しくも充実していたミス・ケントンと共に屋敷で働いた日々、敬愛する主であったダーリントン卿の栄華とその最期。

執事としての「品格」を常に追求してきたスティーブンスが、旅の果てに見出すものは一体何か。

以上が、大まかなあらすじになります。

やはり、屋敷の主からの信頼を勝ち得ていた執事視点で語られるところが、非常に興味を惹かれる物語。

解説によると、この物語はかつて大英帝国が誇った栄華の衰退を風刺している作品でもあるそうですが、

あくまでもひとつの「物語」として、私が抱いた感想を書きたいと思います。

感想

プロローグから旅の一日目まで、スティーブンスの旅も私の読書ものんびりと進んでいるようでしたが、

二日目―朝、スティーブンスの回想にミス・ケントンが登場してからは、物語も勢いづいたような印象で、私自身もそこから一気に読み上げてしまいました。

ミス・ケントンの、有能な女中頭でありながら自身の機嫌に忠実な態度を取る様は、

まるで銅像のようなイメージ(を、私は彼の性格から受けました)のスティーブンスと対照的で、

それゆえにスティーブンスの異様なまでの「己の職務に徹することで自身の信ずる品格を高めようとする」精神が際立っています。本当に、スティーブンスはものすごく頑固。

いやいや、そんなこと言ってる場合じゃなくて!と、読みながら何度も思いました(笑)

それでも物語を読み進めていくと、ほとんど感情を持たない(押し殺している)ようなスティーブンスが、どれだけミス・ケントンに惹かれ、今も固執しているかがわかります。

彼にとって、ミス・ケントンと一緒に屋敷で働いていた時代がまさに全盛期であったせいもあるのだとは思うので、

この物語全体を支配しているノスタルジックな空気は、ミス・ケントンだけでなく、

そのむかし偉大な執事であった父や、スティーブンスを認めてくれていたダーリントン卿、彼の下で働く中でスティーブンスが経験した、まさに歴史の只中にいるという高揚感、

当時のすべての出来事に対するものに違いないのですが。

情にとらわれず、執事としての職務を全うし続けることで戦い(あらゆる誘惑など)に勝利してきた(と思っている)スティーブンスが得た「品格」が、今となってはどれだけ空虚なものであったか。

スティーブンスがそれを噛みしめるラストシーンは切なく、解説にもあるように非常に悲劇的。

だけれども、彼の回想自体はとても興味深いエピソードばかりで、

執事の鑑であった父の死もとても印象深く、

ミス・ケントンがここまで言葉と態度で示しているのだから、もっと男らしい言葉をかけてあげてよ!と完全にミス・ケントンに同情してしまったり、

ラスト間近のカーディナルとスティーブンスのやり取りにはものすごい緊張感があり、どきどきしながらページをめくってしまいました。

そうこうしているうちに本編もラストに近づき、

まだミス・ケントンと再会を果たしていないのに、あとこれしかページが残ってない!となんだか冷や冷やしてしまいました(笑)

ミス・ケントンとの再会は短いものでしたが、スティーブンスのノスタルジーに終止符を打つには十分なものだったと思います。

女性にここまで言わせないで!と、スティーブンスの言動には相変わらず文句を言いたくなってしまいましたが(笑)

でもラストシーンを読めばわかるとおり、スティーブンスも他の人と変わらない、血の通った人間なのです。

だから、もどかしくは思うけれど、スティーブンスを嫌いにはなれない。

この物語では「人の人生」や「時代」が1日にたとえられていると思うのですが、

スティーブンスが「これこそ英国だ」と思って過ごしてきた英国の姿にはもはや蔭りが見えていて、

年老いてきたスティーブンスの人生も、まさに「夕暮れ時」にさしかかっているのだと思います。

それゆえに、ラストの夕暮れの場面はとても印象に残るのだと思いますが、

夕暮れに関し、物語の始まりの方にあるこの描写が私はとても好きだったので、数行引用させていただきます。

ある晴れた日の夕方だったと存じます。三階まで階段を上ると、目の前に暗い廊下が並び、どの客室のドアも少しずつ開いていました。その廊下の陰鬱を破るように、夕焼けの光の束がオレンジ色に何本も射し込んでいたのを覚えています。

ここでの夕暮れはスティーブンスの父にとっての「夕暮れ」なのだと思いますが、

この数行がこんなに印象に残るように仕向けられているのは、

すべてラストのシーンにつながるようにだったんだなと思うと、この一節がよりいっそう味わい深く感じられました。

そしてスティーブンスの前に現れ、「夕方が一日でいちばんいい時間だ」と言う男。

スティーブンスがこの言葉を素直に受け入れ、過去ではなくこれから先のことへ目を向ける姿には、つい見守りたくなってしまう微笑ましさがありました。

どこまでも真面目を貫いてきた彼が、新たな人生のスタートラインに立った瞬間。

物語自体は、スティーブンスが過去の過ちに気がつき、悔いるという悲劇的なものではあるけれど、

取り返しのつかないことはもはやそれとして、未来につながる前向きなラストで良かったな、と思いました。

初回は読み流してしまったようなところにも、きっといろいろ仕掛けがある気がするので、

またぜひ読み返してみたい1冊です。

その前に、まだまだカズオ・イシグロさんの書く物語の傾向がつかめていないので(本によってまったく違った印象、と評されているのも目にしましたが)、

まずはもう1冊、他の作品も読んでみたいなと思っています!

読み終わったらまた感想を書きますね^^

Liebe Grüße,

Natsuru

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