ずいぶんスローペースな読書になってしまいましたが、
『日の名残り』に続き、自分にとって2冊目となるカズオ・イシグロさんの本を読み終えました。
ちょっと感想を書くのが難しい本(私にとっては)でしたが、読み終えて間もない気持ちのままで、感想を書いてみたいと思います。
核心に触れるようなネタバレはなしでいこうと思いますが、あまり内容を知りたくない方はご注意ください。
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あらすじ
舞台はアーサー王亡き後の、6、7世紀のブリテン島。
ある小さな村で暮らす老夫婦、アクセルとベアトリスは、遠い地で暮らす息子に会うため、旅に出ることを決意する。
息子のこと以外に2人が気がかりなのは、病や老いのせいではなく、いつの間にか失われていく記憶。
むかしの出来事だけでなく、つい最近の出来事さえも曖昧になるその現象は、2人だけでなく、すでに村じゅうに蔓延していた。
旅の途中、2人はある少年や若い戦士、年老いた騎士に出会う中で、人々の記憶を奪い続けるものの正体を知る。
互いをいたわりながら進む旅路の中で、2人は失った記憶を取り戻していくが――。
感想
作品によってまったく違う色を出してくるのがカズオ・イシグロさんの特徴のひとつ、とどこかで読んだことがあるのですが、
たしかに『忘れられた巨人』は『日の名残り』とはまたずいぶんテイストの違ったお話でした。
まず、ファンタジーという点で『日の名残り』とは違う。
でも舞台は(一応)同じイギリスであり、ファンタジーと言っても子どもだましのような物語ではなく、土台のしっかりとした、大人向けのファンタジーでした。
たぶん、『日の名残り』の方がずっと読みやすい、と感じる人も多いと思います。
普段ファンタジーを読み慣れていない人にとっては、少しとっつきにくい印象もあるかも。
私がカズオ・イシグロさんの2冊目の本として『忘れられた巨人』を選んだのは、高校時代に『アーサー王伝説』が大好きだったことが理由でした。
当時は『アーサー王』と名のつく本を片っ端から読み、本によってちょっとずつ違う人物相関図なんかを自分で書き出してノートにまとめたりもしていました(笑)
当初は大学の卒論もアーサー王をテーマに書くつもりだったのです。結局ゲーテを選んだけども。
(ちなみにアーサー王を読んでみたいな、と思っている方には私も最初に読んだローズマリー・サトクリフのアーサー王シリーズがおすすめかもしれないです。わりととっつきやすく書いてあるかなと)
なので、アーサー王好きの私にはちょこちょこ馴染みやすいポイントもありました。
ただただアーサー王亡き時代の話なのかと思っていたら、アーサー王の円卓の騎士にして彼の甥にあたるガウェインが登場してすごく嬉しくなった!
名前だけだけど、魔術師マーリンのこととかもちょっと出てきます。
私にとっては、「続きが気になって仕方ない」という類の物語ではなかったため、途中ちょっと本を全然開かない期間も入ってしまいましたが、
異民族間の闘争や復讐という、重みのあるリアルなテーマをこんなふうにファンタジーに入れ込むことができるのはすごいなあと思うし、
『日の名残り』のスティーブンスもそうだったけど、アクセルとベアトリスを見ていても、「さあ、物語が始まるぞ!」という感じのテンションの上下は一切なく、
「始まり、そして終わる物語を読んでいる」という感覚よりは、
「登場人物たちの長い人生の一部分をのぞかせてもらった」ような感覚。
それはきっと、作中では描かれることのなかった部分まで、彼らの人生を(無意識にでも)想像したり感じ取ってしまえるくらい、
登場人物の言動のひとつひとつにそれぞれの人生を感じることができるからなのかな、と思います。
ラストの第17章は、視点も上手いなあと思ったし、「なるほど、こういう終わり方をするわけね」と思いました。
なんか偉そうだけども(笑)、こういうふうに終わるとは思っていなかったので、単純に感心させられたのです。
どのへんが、とは書きませんが、ほんの少しアーサー王の最期を思わせる展開もありました。
解説によれば、カズオ・イシグロさんがデビュー作から一貫してこだわっているテーマが「記憶」だそうで、
人の記憶の持つ曖昧さ、ぼんやりとした感じをそのまま小説で描き出しているのだそう。
今回の作品では、「記憶」と切り放すことのできない「忘却」という現象にスポットが当たっているのが興味深い点です。
記憶はとても大事なものだけれど、「忘れる」という能力がなければ人は生きていくことができない。
小学生の時に大好きだった小説の中に、呪いをかけられて「忘れることができなくなってしまった人」が出てきたのですが、
その当時は、見聞きしたものすべてを覚えていられるなんて、テストとか楽勝だしいいなーくらいにしか思っていませんでした(笑)
でも、いろんな経験をして大人になった今、「忘れる」ということがどれだけ人間が健全に生きていくのを手助けしてくれる能力であるかがわかります。
「すべてを忘れてしまう」以上に、「すべてを忘れられない」ことはつらいことなんだろうなあ。
そしてそれを印象的な物語の中で静かに伝えてくれているカズオ・イシグロさんの本。
『日の名残り』同様、説教じみた感じは一切なく、どっしりと腰を据えていて、もの静かで、それでいて品のある印象を与えてくれる作品でした。
作品は違えど、この雰囲気はイシグロさんの作品に一貫したものなのかな?
他にもいろいろ読みたい本が出てきて迷い中ですが、ぜひまた彼の作品を読んでみたいです。
次に読むとしたら『わたしを離さないで』かなあと思いつつ、短編集も気になっているので、また本屋さんで試し読みをしてみようかなと思います^^
Liebe Grüße,
Natsuru
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