トリクシー

イースター休暇が明けた、4月中旬のある日。
インゴルシュタットにある税関から、私宛てに一通の手紙が届いた。

一言で「税関から」と言ったものの、当時の私の語学力ではその手紙が税関からのものであることすら辞書なしにはわからなかったし、
羅列される単語の難しさに、書かれたことを理解するのも一苦労。

どうやら両親が私に送ってくれた荷物の件で、場合によっては関税を払いに行かなければいけないかもしれない、
ということまではなんとかわかったものの、
そもそもこんなことは初めての体験なので、具体的に何をどうしたら良いのかはわからずじまい。

次の日、語学講座が始まる前にレギーネ先生に相談してみたものの、
やっぱりインゴルシュタットまで行かなければいけないかもしれない、という結論になり、
授業中も上の空。

両親がせっかく送ってくれた荷物なのに、それがなぜ税関にいってしまったのかもわからなければ、回収方法もわからない。

インゴルシュタットに行くと言っても、税関のある駅までは電車で40分ほどかかるし、
税関の場所もよくわからないし、アイヒシュテットから出ている電車は1時間にたったの2本で、
東京のように気軽に電車に乗ることはできない。

平日は大学の授業があるのに、税関は14時か15時には閉まってしまう。
にも関わらず、手紙には「7日以内になんとかしろ」という内容のことが書いてある。

なんとか税関まで行って荷物を受け取ることができたとしても、
そんな重いものを一体どうやって寮まで持ち帰れば良いのか。

不安なことが多すぎて何をしたら良いのかわからなかったけれど、
とにかく「自分でなんとかしなければ」という意識が強く働いて、
授業の合間の休み時間に、思いきって税関に電話をかけてみることにした。

…ものの、相手は税関の職員で、ましてや電話。
当然のことながら、相手が何を言っているのかまったく理解することができず、
やむを得ずに「また後でかけ直します」と言って電話を切った。

正直、この時は自分の不甲斐なさにかなり落ち込んでしまった。
自分の荷物すら自分でなんとかできないなんて、と自分が情けなくなって、自己嫌悪に陥った。

けれど、ティボーやアリナたち東欧メンバーとお昼を食べていたらまた少しずつ元気が出てきて、
午後の語学講座が始まる前に、今度は午後の授業の先生であるトリクシーに相談してみることにした。

前にも触れたことがあるけれど、トリクシーは自ら「私のことはトリクシーっていうあだ名で呼んで、敬語も使わないで」と言ってくれるような、
太陽のように明るくて、本当に気さくな先生だった。

授業が終わる頃には税関は閉まってしまうので、私は教室の前でトリクシーを待ち構え、
税関からの手紙を見せて事の次第を説明した。

自分で電話してみたものの、相手の言葉が理解できなかったことを伝えると、
トリクシーはすぐに「わかった、私が代わりに電話すればいいのね?」と一言。
授業を一旦グループワークにして、税関に電話をかけてくれた。

「私の友人の代わりに電話してます」と言ってくれて、私の伝えたいことをすぐにくみ取って伝えてくれて。
途方に暮れていた私にとって、その姿は本当にありがたくて、とても心強かった。

そうして電話を切った後、「この内容を税関にFAXしたら荷物を送ってくれるから」とFAXの下書きまでしてくれたトリクシー。

本当にほっとして何度もお礼を言う私に、トリクシーは笑って言った。
「お礼なんていいのよ。その代わり、私が東京に行ったときに助けてね!」

トリクシーのような人になりたいと、このとき心からそう思った。
まだドイツに来て一ヶ月しか経っていないけれど、
こんな素晴らしい先生に出会えただけでも、ドイツに来た意味はあったと思う。

日本にも素晴らしい人はたくさんいるけれど、右も左もわからないほど途方に暮れる状況に陥ることは日本ではあまりなくて、
そんな状況だったからこそ、トリクシーの優しさは、まっすぐ、深く心に響いた。

もう何年も経った今でも、このときのことを思い出すとトリクシーへの感謝の気持ちでいっぱいになるし、
自分が助けてもらったように、誰かを助けられたらと思う。

その3日後、関税を払う必要もなく、荷物は無事に私の寮まで届けられた。

税関で荷物がとまってしまったのは、中に入っていた小さな炊飯器が原因だったとこの時は思っていたけれど、
この後も何回か荷物が税関にいってしまうことがあり、
私の中では「EMS便だと荷物は一度税関にいってしまう」、という結論が出た。
(この事件以降、税関からの手紙にも慣れ、慌てず騒がずFAXを送って解決できるようになった(笑))

ということで、EMS便は追跡できて安心だし、届くのも速いけれど一概に便利とは言えないこともあるのかもしれない。
届くのに2週間ほどかかるものの、(私の場合は)船便(SAL便)を使った際には何のトラブルもなく荷物を受け取ることができた。

近年の事情はよくわからないものの、こんなこともあるので、ご参考まで。

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