カルチャーショック

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飛行機を降りたその瞬間、どんなことを感じたのかは正直あまり記憶にない。

ただあの時の空気感のようなものはなんとなく覚えていて、それはやっぱり、

長い時間揺られた新幹線や寝台列車から降りた時のような、

いつもと違う新鮮な空気を吸った時に感じるものに似ていたと思う。

知らない土地に来たんだなあーというちょっと不思議な、爽快な気持ち。

長距離移動というものは、とにかくそれが気持ちいい。

 

ミュンヘンに着いた私たちは、ひとまず家族に安着の旨を伝えるために電話をかけた。

日本時間は夜中の2時頃だったと思う。

かけ慣れない国際電話にまごつきながら、いつもと変わらないはずの家族の声を、

なんだかとても遠くに感じた。

別に悪いことをしに来たわけではまったくないのに、入国審査は妙にそわそわしてしまう。

係員と軽くあいさつを交わした後、私は早速、
パスポートを求めて差し出された彼の手に握手で応じるといううっかりをやらかした。

 

…ものの、その後はドイツの大学で学ぶために来たということを説明し、

大学からの許可証を示して、すんなりと通ることができた。

 

こうして正式にドイツへ入国した私たちは、ひとまず空港からミュンヘン中央駅に向かうバスに乗り込んだ。たしか、片道10ユーロ。

空港から中央駅へは電車を使っても行けるけれど、

現地にあまり詳しくなかったり大荷物の場合には、断然このバスの方が楽。

現地は夕方の時間帯で、広い道路とバスの進む速度の速さに「ああ外国だなあ」と他人事みたいに思ったけれど、

ここへ来ても、私にはまだ留学の実感が湧かなかった。

 

バスは50分ほどでミュンヘン中央駅に到着し、運転手さんからスーツケースを受け取った私たちは、

「さて」と顔を見合わせた。

今夜はひとまずこのミュンヘンで一夜を過ごし、留学先の町へは明日行く手はずになっていた。

私たちは見知らぬ土地で身を寄せ合って、日本で予約したホテルの場所を探すために地図をにらんだ。

ホテルは一体どこだろう。それより何より、私たちが今いる場所はどこだろう。

 

考え始めて、まだ数秒も経たないその時。

「May I help you?」

通りすがりのサラリーマンに、英語で声をかけられた。

流れるような自然な言動。

何の構えもためらいもなく、困っている人にすっと手を差し伸べるこのフットワーク。

それはまさしく、私がドイツで一番初めに受けたカルチャーショックだった。

 

私たちがホテルの場所を探していることを告げると、彼は方向を示してくれた。

正確な場所は彼にもよくわからないみたいだったけど、だいたいの道を教えてもらい、

私たちはお礼を言って歩き始めた。

 

…けれどもやっぱり途中で道がわからなくなってしまい、別のおじさんに尋ねると、

これまた快く道を説明してくれた。

それでも私たちがよくわからないという顔をしていると、なんとホテルまで道案内すると言ってくれた。

そのおじさんについて歩いて行くと、この気のいいおじさんと大荷物の日本人という奇妙な一行に、

更にもう1人、驚異的に高い鼻を持つドイツ人男性が話しかけてきてくれた。

どうやら彼は日本の企業で働くサラリーマンらしく、少しだけ日本語も話せるみたいだった。

そうして楽しく会話をしながら、私たちは無事にホテルにたどり着いた。

 

たったこれだけの距離の間に、3人もの人が助けてくれるなんて、ここはなんてところだろう。

そんな幸せなカルチャーショックと共に、記念すべき留学1日目となる長い長い1日は、

こうして終わったのだった。

 

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