ベルリン旅行記 -1日目-①ユダヤ博物館

パッサウ観光から1週間後の金曜日。

大学の留学生支援団体引率の、
留学生のためのベルリン旅行が幕を開けた。

「ベルリン」と言えば言わずもがな、ドイツの首都であり最大の都市。

なんだか治安もよくなさそうだし、勝手に怖そうなイメージを抱いていたのだけど、
もちろん興味はあるし、みんなで連れて行ってもらえるなんてまたとないチャンス!
ということで、私も参加。

当日は朝5時起きで、アイヒシュテット・シュタット駅に6時集合。
ここからベルリンまではバスで向かうことになっていた。

引率は、冬学期から留学生支援団体を引っ張ってくれているベッティーナ。

早目に見積もっての集合で、バスの出発は6:15くらいかなあ、と思っていたら、
6:05にはバス出発(笑)

遅刻者には容赦なしという方針なのか、単に全員そろったので出発したのかは謎。。

行きはフィンランド人のエリナと隣の席になり、ぽつぽつ話したりもしたけれど、
何せ長い旅になるので、お互い眠ったり音楽を聞いたり、わりと自由に過ごしていた。
ここにも編み物道具を持ち込んだ私だったけれど、
ずっとやっていると酔いそうだったので、早々に切り上げ。。

そしてバスはまずインゴルシュタットに向かい、インゴルの学生たちをピックアップ。
のち、間髪入れずに出発(笑)

点呼とか取らなくていいんだろうか、と思いながらバスに揺られ続け、
途中、3回くらいパーキングに停まった後、
13:30くらいにようやくベルリンに到着した。

実に7時間以上かけた長距離移動だったけれど、
適度な休憩のおかげか、やはり若さゆえか(笑)、
あまり疲れは感じなかった。

ベルリンでホステルよりも先に訪れたのは、
ユダヤ博物館。

外観からわかるように、かなり特徴的な建物。

ユダヤ人の文化や歴史、
ナチスドイツによる迫害の歴史を体感することができる博物館で、
ほとんどが外国人留学生なためか、
ガイドさんもかなりわかりやすく説明してくれてありがたかった。

この、実に特徴的な分かれ道からスタートする展示。

第二次世界大戦中にユダヤ人たちが経験した分かれ道を示していて、
ひとつは「亡命の軸」。

進んだ先の重い扉を開けると、

視界を遮るように、高い高いコンクリートの柱が。
そして写真ではわからないけれど、道も平坦ではなく高低差があって歩きづらい。

これは、迫害から逃れるために外国に亡命しても尚、
言葉も通じない未知の世界で不安を抱えて生きていくしかなかった
ユダヤ人たちの苦労や不安を表しているそう。

外国に逃げたらそれでハッピーエンドというわけにはいかず、
今度は先の見えない不安に襲われ続けていたのかと思うと、
やる瀬ない気持ちになった。

もうひとつは、「ホロコーストの軸」。
突き当りにあるのは、ホロコースト・タワーという部屋。
暗くて狭くて寒くて何もない部屋は、
1人では1時間もいられないような場所だった。

迫害され、収容所に入れられたユダヤ人たち。
こんなところに何人もの他人と一緒に閉じ込められ、
どれだけ恐ろしかっただろうと思ったけれど、
どんなに想像しようとしても、
その恐怖を完全に理解することなんてできないと思う。

だけど、そんな恐ろしい出来事がこの国で起こってから、
まだ100年も経っていない。
その事実がなんだか信じられなかった。

亡命、ホロコーストの軸に続き、最後に残されたのは「継続の軸」。

そこに現れる長い階段の上から、ようやく博物館の展示室がスタート、という仕組み。

建物の建て方にも意味がこめられていてかなり勉強にはなったのだけど、
歴史のもっとも暗い部分には(敢えて?)触れられていないような気もして、
これでいいのかなあ、と実は個人的に気になったところもあった。

けれど、ドイツに興味を持っているなら知っておかなければいけないであろうことにこうして直に触れることができ、
とても貴重な経験になった。

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